S-17 北総の石造物が語る3.11大震災
2011年の3.11大地震から3年の月日が経ったのに、津波と原発事故の爪痕は深く、今週はあらためて、私たちに何ができるのか、問いかける一週間でした。
あの時、千葉県でも震度5強の長い揺れ。幸い、建築基準法改正以降の築四十年未満の建物が多く、兵庫県南部地震のように古い家屋の倒壊による大被害に至りませんでしたが、メディアが刻々と伝える東北の惨状に心を痛め、また地盤の液状化や原発事故による放射能飛散や計画停電など、不安な日々でした。
そんなまだ余震が続く中、気を取り直して石造物調査に出かけると、寺社の鳥居や狛犬、燈籠は無残に倒壊。
八千代市吉橋の高本地区の国蔵院の石塔群も、文久元年銘の如意輪観音像塔は倒れ、天保九年銘の十九夜塔は真っ二つに割れてしまっていました。
その後、修復はされたのだろうかと思い、今年正月に、気になっていた高本国蔵院の石塔群を見に行きました。
あの2011年3月に、割れてしまっていた天保九年銘の十九夜塔は接いで再建され、倒れていた如意輪観音像塔は据え直されてあり、ホッとしましたが、江戸後期特有の軟質の石材のため崩落が著しく、とても残念なお姿です。

(左)天保九年(1838)銘十九夜塔 (右)文久元年(1861)銘の如意輪観音像塔 (2014.3.16撮影)
でも、この痛々しいお姿こそ、2011年3月11日のあの大災害を記念しともに祈るお姿として、心にとめていきたいと思っています。
2万人以上の方がなくなり、未だ26万人が避難生活を余儀なくされている3.11を、いつまでも忘れないために。合掌
ちなみに、印西市旧本埜村の中根の鳥見神社では、3.11大地震で倒壊した石灯籠を新たに再建した際、基礎部碑文に、震災の村の被害と再建のいきさつが刻まれてました。
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