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2013年3月12日 (火)

K-30 上総木更津の子安像塔とその系譜

 一昨日(3/10)参加した房総石造文化財研究会の木更津石仏見学会では、木更津市郷土博物館金のすずの稲木さまに市内をご案内いただいて、前から御目当てだった子安像塔を見ることができました。

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 場所は、桜井奥谷の路傍、峰の薬師東光院の山の裏側という探しにくいところで、また数年前から見にいく予定を立てていながら行損ねていたこともあり、今回は運がよかったです。

1778

 優れた丸彫りの子安像で、台座に寛政十二年(1800)の銘がありました。
  近世彫刻作品としても、デッサン力にも優れ、保存状態も良好で、上総の子安像塔を代表する優品です。  

 この桜井奥谷の丸彫り像の、懐に子を抱き右に傾斜するポーズは、千葉市大宮町安楽寺の安永7年(1778)像(⇒の画像)の特徴を継承しており、その後の千葉市内の子安像塔の特徴となり、江戸後期には白井市内や八千代市内の初出となっていく子安像塔の像容につながります。

 また新宿平等院で見た子安像石祠は、石祠内の浮彫像で、正面を向き、両手で懐に入れた子を抱いていました。(↓画像)

 石祠の屋根が失われ、祠の表面なども剥落して、年がわからないのが、とても残念ですが、初期子安像塔成立にかかわる貴重な子安像塔だと思いました。

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 この像容は、袖ヶ浦市百目木の元禄4年(1691)の県内初出の子安像塔 (⇒画像)と、安永7年(1778)千葉市大宮町安楽寺の子安像塔との中間に編年されると思われます。

 この日はほかにも、請西八幡神社「子安大明神」石祠、寺町選擇寺の近代と思われる子安像塔など、ともに紀年銘を欠いていますが、上総では数少ない子安関係の石造物を見ることができました。

 いずれにせよ、百目木に誕生した千葉県初出の子安像塔から、酒々井町の子安像塔が出現するまでの空白の50年間を埋めてくれるヒントは、やはり上総にあるのかもしれません。

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