« D-3  荒久古墳と千葉寺 | トップページ | K-30 上総木更津の子安像塔とその系譜 »

2013年2月11日 (月)

S-15 「花見堂地蔵」って何?

1234_2
 北総で石仏調査をしていると「花見堂地蔵尊」「華見堂」などの銘のある小ぶりのお地蔵さまを見つけることがあります。
私も、2011年2月、子安像塔を探して迷い込んだ旧印旛村の岩戸の山林内で、「花見堂」の銘のある小さな舟型光背の地蔵像塔(⇒画像)を見つけ、何気なくHP「さわらび通信」にアップしました。
 ⇒「梅花咲き誇る早春の旧印旛村-2」
 キャプションとして、次のように書きました。

「高台にぽつんとあった享保15年『花見堂』銘の地蔵像
かつては、古谷地区でも旧暦3月2日に子供たちが『花見堂』を作り、勧進してこの地蔵さままで運ぶ春の行事が行われたのでしょうか。」

 このHPに目を止められた花見堂地蔵を研究されている民俗学研究家の木原律子さんから、「これは未発見の花見堂地蔵のようなので、場所を教えて」という依頼があり、それからは、私も石仏調査の際など気に留めてみるようになりました。

 

Photo              印西市別所青年館前の花見堂地蔵(右側)と子安像塔

 でもいったい「花見堂地蔵」って何でしょう。

 そう思っていたら、2013年2月11日、房総石造文化財研究会の勉強会で木原律子氏の「千葉県における花見堂地蔵」の講演があり、花見堂地蔵研究の全体像を、おぼろげながらつかむことができました。

(以下木原さんのレジュメより要約します。)
花見堂地蔵の特徴
1. 小型の地蔵像に「花見堂」などの銘がある
2. 造立日が3月3日や3月吉日が多い
3. 「童男童女」「子供中」などの子供が関わる銘がある

 現在、木原さんが確認している北総の花見堂地蔵は28基。初出は八千代神野の宝永5年(1708)。最後は白井市神々廻の文化9年(1812)で、数は印西市白井市に多い。

 このほか、他地域では埼玉県で「さいたま市緑区歴史の会」会誌に酒井正氏により13基が報告されていて、こちらは千葉県より約四十年先行しているとのこと。
 リストを見ると、馬場小室山遺跡研究会でよく行く見沼周辺に分布しています。(印旛沼周辺と見沼周辺=単なる偶然でしょうか?)

S
       印西市(旧本埜村)和泉屋氷川神社 右端が花見地蔵

 さて、江戸中期に「花見堂地蔵」を祀った背景としてどんな民俗宗教行事があったのでしょう。
 木原さんは、その事例を3例紹介されています。
1. 匝瑳郡横芝光町=3月3日、子供が「花見堂」を作り、家々から米を貰って廻り、共同飲食をする。
2. 成田市吉岡新田=旧3月2日、子供が花見堂を作って賽銭を貰い歩き、共同飲食し地蔵様へ送っていく。
3. 船橋市(院内・寺内・二子・古作・本郷)=4月3日、花で飾った台車やかごに石の地蔵様を乗せて村の家々を廻り、賽銭や餅を貰い歩き、お籠りをした。

090915_098
 3.の船橋市の事例で思い出すのは、船橋市古作町の明王院で見た「子育て地蔵」。 (⇒画像)
「子供の地蔵講で担がれて家々を回った小さな石仏」です。
HP「船橋市葛飾の石仏散歩-4 古作町の明王院」

 2/11の石仏勉強会では、いろいろな推論、意見が出されましたが、私は、「花見堂地蔵」の原点は、桃の節句の日、子供たちによって、花で飾られて家々を勧進して廻った石のお地蔵様ではないかと思いました。

 そのうち、舟型の光背に「花見堂」という行事にちなむ名称が記されたのもあり、また多くは何も書かれないで、子供行事用のお地蔵さまとして消耗されてしまったか、忘れられてしまったのでしょう。
 (たまたま古作のはかろうじて残されましたが・・・)

 関東近辺にも、まだ調査者に認識されていないだけで、「花見堂地蔵」の事例はあることでしょう。
 「花見堂地蔵」と幻の「花見堂の行事」について、ネットを通じ、情報が集まることを期待したいと思います。

|

« D-3  荒久古墳と千葉寺 | トップページ | K-30 上総木更津の子安像塔とその系譜 »

コメント

はじめまして。
花見堂地蔵、学生時代の私のフィールドにもありました。
恐らく記事の中の「緑区」の13基のうちに含まれるものと思いますが、場所はさいたま市(旧浦和市)円正寺の寺院に1基、今はなくなってしまいましたが、大谷口地内の十字路の角に1基です。
いずれも舟形の地蔵尊でした。
当時はあまり気にせずメモっていたので、今度実家に行った際に探してみます。
花見堂、華御堂と書いてあった記憶と、三月と記銘があったので桃の節句に関係あるんだろうなぁ程度でした。
ちなみに当時(25年前くらい)すでに三月にお祝いする習慣はなく、放置されていました。

とりとめのない内容ですが、また思い出したらここにきます。

では。

佐藤忠章
https://www.facebook.com/tadaaki.sato.75

投稿: sato | 2013年12月16日 (月) 12:26

佐藤様
コメントありがとうございます。
さいたま市にあると聞いていましたが、本当なんですね。
祭り方も忘れられた石仏ですが、大事にしてもらえるといいですね。

投稿: 蕨由美 | 2013年12月16日 (月) 18:46

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107552/56745377

この記事へのトラックバック一覧です: S-15 「花見堂地蔵」って何?:

« D-3  荒久古墳と千葉寺 | トップページ | K-30 上総木更津の子安像塔とその系譜 »