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2010年2月11日 (木)

K-13 優品の系譜Ⅰ 八千代市林照院の子安塔像容のルーツ

S1814_112_7     私が子安塔と女人信仰に興味を持ったのは6年前。 八千代市郷土歴史研究会の旧村調査で出会った高津観音寺の十九夜塔群と、その関連で調べた米本の林照院(ともに八千代市内)の文化11年の子安観音像(←画像)のもつ石造物としての巧みさ、味わい深さであったように思います。

(⇒2005年のバックナンバー「K-1 女性名の銘を読む-高津の十九夜塔の調査から「K-2 子安観音像の像容成立の謎」)

 このころは、その子安塔の分布や像容の系譜についてもよくわからず、また参考資料も乏しく、結局、八千代市内とその周辺、そして北総全体に範囲を広げて、子安塔のデータを調査、集成して分析することにしました。

  現在、約4百基以上のデータを整理していますが、約半数を占める幕末以降近代の子安塔は、石工の技術が乏しい駄作も多く、また風化、損傷し、さらにコケ類の繁殖で見るに堪えない像が多いのも現実です。

 そのような江戸後期(19世紀)以降の作でも「優品」と思われる子安塔に出会うこともあります。
 私が子安像に関心を寄せるきっかけになった八千代市内初出の文化11年(1814)子安観音もその事例でしょう。

 2005年11月に発刊した『史談八千代』30号に掲載した「高津と八千代市内の女人信仰に関わる石造物の変遷について」では次のように書きました。
17866_3 「(江戸)後期(1804~1867文化~慶応年間)は、文化文政期に突如として市内に子安観音像が登場する。米本林照寺境内の文化11年(1814)銘の子安観音像が初出で、その数は幕末になるに従い、市内北西部や街道筋では徐々に増えていくが、高津や勝田などでは明治も半ばを過ぎて、また下高野では大正2年(1913)で初めて子安観音像を建立しているなど、その受容時期は地域によって異なる。」と。

  まだ八千代市内の分布しかわからなかった頃でしたので、「文化文政期に突如として」と書いてしまったのですが、北総全体の子安塔の出現と系譜が見えてきた今では、「現れるべくして現れた」というべきでしょう。S1798_2

  この像の特徴は、懐に小さな嬰児を入れて細い指の両手で腹部を抑え、宝髻に白衣観音のような被りものをした顔を右に傾けて抱いた子を見つめています。足は如意輪観音像と同様に右足を立膝して座る半跏座の姿勢で、傾けた頭部から肩のラインが立膝した右足のラインと並行している構図が、意匠として印象的です。

 特徴あるこの像容の系譜を画像アルバムから探してみると次のようになります。

 1.千葉市旦谷町公民館 天明6年(1786)「講中」 (右上の画像)S1799_11_2

 2.千葉市星久喜町千手院 寛政10年(1798)「十九夜 奉造立」 (右2番目の画像)

 3.千葉市大草町大草寺跡 寛政11年(1799)「十九夜講中」(右3番目の画像)

 4.千葉市新町天満宮 享和4年(1804)(右下の画像)

 5.八千代市米本林照院 文化11年(1814)(剥落により銘不明) (左上の画像)

S1804_2 6.成田市旧下総町大和田コミュニティセンター 文化13年(1816)「子安女人中」(左下の画像)

  1.~4.の千葉市の4基は丸顔でふくよかな容姿で、1.~3.は左手に小さく細い未敷蓮華を持ち、また4.は宝珠を持っています。
  5.と6.は面長の顔が特徴で、6.は子供が懐の中ではなくしっかりと授乳している姿です。

 全体として慈愛に満ち穏やかで静かな雰囲気の母子像です。

 子安塔は 儀軌にとらわれない自由な像容で、同じものはあまり見られないのですが、千葉市旦谷町の像が特に抜きんでた優品であったからでしょうか。
S1816_2 そのスタイルは千葉市東部から微妙に変化しつつ、八千代市へそして成田市へと伝わっていきました。

 八千代市林照院の子安塔もこの系譜の中で重要な位置にあると思うのですが、露地に置かれたその保存状態は残念ながら最悪で、先日訪ねた時は、崩落と白い苔の繁殖が一層進んでいました。

 祠に納められた成田市の子安塔(←画像)が、軟質石材にもかかわらず保存状態がとても良いのとは対照的ですね。


    

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