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2010年1月 9日 (土)

K-12 東総の子安塔~蓮華を持つ子安像の系譜

 S100108_001 昨日(2010年1月8日)九十九里まで車をとばし、蓮沼海岸の殿下の子安神社を探しに行きました。
 ここにあるという延享5年(1748)の子安塔は、『千葉県石造文化財調査報告』(1980)のリストにある11基のうちの一つですが、「殿臺新田・・・講中」の銘文記録を手掛かりに昨年10月に探しに行った時は、蓮沼殿台の小さな子安神社にしか、たどりつけず、その日は探索を断念、それからずっと気がかりになっていた子安塔です。

 殿下と殿台は別の集落らしく、また今回もカーナビは役立たず、散歩のお年寄りのご婦人にお聞きして、細い路地の三叉路に建つ小さな神社を見つけました。

  鳥居の先に間口半間の木造の祠、中には粗末な燈明立てのほか何もありません。

 その傍らに簡単な覆い屋の下、4基の石仏がまとめて祀られています。

S1748_5 合掌する菩薩像にくっついてすぐ後に据えられている子安塔は、硬質の石質ですが、損傷がひどく、二つに折れたのを継いで据えられていました。

 「延享」の元号の残存状態も実に心もとないのですが、「五年戌辰」から延享5年と「推定」できます。

 私の足と資料からあつめた千葉県内のデータでは、元文年間の1740年ごろから安永年間の1780年ごろまで相次いで30基以上、子安塔が「創作」されていきます。
 この蓮沼殿下の子安塔は、造立年銘で8番目に古い像でした。

 像容は、舟形光背で、右足を立てた半跏座をとり、思惟相ではなくしっかりと前を向き、右手は子供を抱いて左手は膝に置いています。
子供の像は、損壊して上部がありませんが、子安塔出現期の像容としては、最もシンプルでオーソドックス、このあとに続く子安塔の基本となるスタイルでした。

S174522

  さて東総には、この延享5年の3年前の延享2年(1745)の銘を持つ聖観音像に子を抱かせた子安立像が、昨秋訪ねた銚子市賢徳寺にありました。(⇒画像)

 聖観音は異形ではなくノーマルな観音という意味で、「正観音」ともいわれ、二臂で正面を向き、左手で未開敷(開きかけ)の蓮華を持ち右手をそえてそれをつまむポーズをしています。

 如意輪観音像ほど多くはないものの、月待ち塔の主尊や墓標仏として、寛文~享和年間(16世紀末~18世紀末)ごろの優れた像容の像を各地に見ることができます。

 さて銚子市賢徳寺延享2年銘の子安立像ですが、いくつか疑問点があります。

 子ども像の上部が失われているほかは、軟質の石材にもかかわらず保存状態が良すぎ、また両袖口の波を重ねたような装飾は他に類型を見ないからです。
S17754 石工が後世にきれいに再加工したのか、銘文をそのままに新しく「復元」模像を作ったのか、なぞは尽きません。

  未敷(つぼみ)または開敷の蓮の花をもつ子安像が一般的になるのは、やはり銚子市賢徳寺の安永4年(1775)銘の子安塔(⇒画像)からです。
 この塔の母像は正面向きで威厳ある面持ちですが、蓮華に手を伸ばしそうな子供の仕草が躍動的です。
 これ以後、特に天明(1781)からの子安塔は、ほとんどが大小いろいろな形の蓮華を左手で持ち、右手で子を抱くスタイルが主流になっていきます。

 またこの傾向は、如意輪観音像の二臂像で先行し、幕末まで如意輪観音像のみを石建てする集落の二臂如意輪観音像でも、明和の初め(1764~)ごろから右手は思惟相、左手は蓮華を持つタイプが多くなります。

 もともと如意輪観音像は、六臂だった時にも蓮華も持っていたので、自然な成り行きですが、中には、抱き子と見まがうような未敷蓮華をもつ如意輪観音もあらわれ、憂い顔ばかりのありふれた如意輪観音像も華やかになっていきます。

 かくして幕末から近代の子安塔のほとんど、そしてあまり作られなくなる二臂の如意輪観音像にも、蓮の花が必須アイテムとなります。

 S1794『庶民のほとけ』(頼富本宏 NHKブックス)には、「また仏教文化史の権威である岩本裕博士によると、観音の代表的持物である蓮華(正確にはハス)は、生産の象徴であるとともに女性性器をシンポライズしているともいう。」と書かれていました。

 男女の性別を超越しているはずの観音像が、赤子に乳を含ませる子安の像容を得て母となり、蓮華を持つことによって野仏の如意輪観音もまた「女性尊」に変化したのです。 
 江戸期~近代の北総の石仏の様相は、あの世の「血の池地獄」の恐怖におびえ社会的にも虐げられた存在ではなく、もっと女の性と母性を現世で強く主張するたくましい女たちの姿を表しているのだと感じています。

   蓮華を持つ香取市内野長楽寺跡の子安塔 寛政6年(1794)

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