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2009年1月20日 (火)

S-8 キリシタン灯篭について(2)

 今回も、キリシタン灯篭について、各部の要素と形、変遷とその実例を松田重雄氏の著書を参考にしながら、考えていきたいと思います。

 キリシタン灯篭の特徴とは何か、松田毅一氏が『キリシタン研究』の中で挙げているのは次の通りです。
1. 台石がなく竿石を直ちに地中に埋めている
2. 竿の上部が十字型になっている
3. 竿の上部の中央に記号があるが、何を意味するのか不明である
4. 竿の下部正面に異様な人物が刻まれているが、何を表しているか判断に苦しむ
5. この灯篭には不思議な禁忌や、伝説が伝わっているが、明らかに知るよしもない。
6. 灯篭のなかには庚申信仰をともなったものもある。
7. この灯篭の造立の目的は、次のことが考えられる。
  イ 切支丹信仰の礼拝物として
  ロ 切支丹宗門の茶人が茶庭に立てた。
   ハ 墓碑代わりに信徒を供養した
   ニ 道祖神として庚申石として礼拝した

  松田重雄氏の『切支丹燈籠の信仰』では、さらに、初期のキリシタン灯篭の竿の両横に七言二句の漢詩が陰刻されていることを特徴点にプラスし、これまでの学説で不明とされた点についても、百二十余基のキリシタン灯篭の分析を通じ、謎の解明をされています。
 すなわち、竿の上部中央の記号は、PTI、すなわちPATRI=父を、竿の下部正面の人物はイエス像、そして漢詩は聖霊を詠んだ句と解釈し、竿は三位一体を表していると解釈しています。
 S090107daisyouin2その著者の推論には、客観的な考証が不足していて、特に竿の上部ふくらみの陰刻と漢詩の解釈など、納得できない点も多々ありますが、百二十余基のキリシタン灯篭を丁寧に比較して、その形態変化の変遷と分類を試みている点については、興味がひかれます。
  松田重雄氏は、キリシタン灯篭を形態を4つの分け、時代型別に編年しています。

   (画像⇒A~C大聖院3基の灯篭)

その特徴は次のとおりです。

S090107daisyouin31.創造時代型 文禄~元和…江戸初期(16世紀末~17世紀前半)
 ・竿が十字架型・ギリシャクルス型、竿の面取り多し。
 ・竿の上部丸みに定型の文様(Lhqを組み合わせ右回した文様)あり。
 ・竿下部の尊像は八頭身で西洋風、足は外開き。
 ・初期のものには側面に詩偈「岩松无心 風来吟/錦上鋪花 又一重」あり。
 ・竿の下の荒加工の基壇を地に埋める。

       (画像⇒B・C大聖院3基
   中央の灯篭の側面の詩偈陰刻と
     左側灯篭の定形の文様に注目)

2.迷彩時代型 元和~寛永…江戸前期(17世紀初頭~17世紀後葉)
  ・竿が十字架型・T字型へ。竿の面取り消滅化へ。
  ・竿の上部の丸みが次第に直線化へ、文様が変体型になる。
  ・竿下部の尊像は六~五頭身で仏像化が始まる。詩偈は消滅化へ。
  ・竿の下の基壇が現れ始める。
  ・地蔵・観音・庚申・天神信仰との結び付きが現れる。

3.擬装時代型 寛永~慶安…江戸中期(17世紀中葉~18世紀前半)
  ・十字架型が消滅、墓標化す。竿が直線化、文様なし。
  ・竿下部の尊像は五~四頭身で地蔵型も現れる、また蓮弁ありの例。
  ・基壇が多くなる。
  ・庶民信仰との結び付きや禁忌のあるものがある。

4. 無刻時代型 慶安~明暦…江戸末期(17世紀後半~19世紀?)
  ・墓標化。
  ・竿は直線的、尊像なし。

   次いで、これまで私が見てきた東京都内のキリシタン灯篭を見てみたいと思います。

A 目黒の大聖院3基の左側 白御影石
  ・竿のみ残る
  ・尊像は八等身で足が開く
 S090107_ootorijinja ・丸み部分に定形の文様あり
  ・1.の創造型       

B 目黒の大聖院3基の中央 花崗岩・竿と中台が残存
  ・尊像は7.5等身で足が開く。
  ・右に「錦上鋪花・・」左に「岩松无心・・」の詩偈陰刻(擬装型では例外?)
  ・3.の 擬装型でも創造期に次ぐ古い形式

C 目黒の大聖院3基の右側
  ・尊像は六頭身で洋風の面影を残す
  ・3.の 擬装型でBの後か

  (画像⇒D目黒の大鳥神社の灯篭)

S070107taisouji_2D 目黒の大鳥神社 完全に残る
  ・五頭身の尊像の足がなく仏像形式
  ・3. 擬装型

 (大聖院は目黒不動滝泉寺の末寺で、大鳥神社の別当寺、  A~Dともに、元肥前島原藩主松平主殿守下屋敷林泉中の小祠内にあったという。)

  (画像⇒E新宿の大宗寺の灯篭)

E 新宿の大宗寺 白御影石・竿と中台が残存(笠と火袋は復元)
  ・尊像は四頭身で仏像型・足は開く
  ・内藤家墓地から出土

            S030301honkakuin

F 上野の本覚院 砂岩・竿のみ残存
  ・上部圧縮T字型
  ・尊像は4.5頭身・仏像化・足なし
  ・背面へ貫通する隠し穴があるという
  ・3.の擬装型
  (本覚院は寛永寺の塔頭で、船手奉行向井将監忠勝らが葬られている)

         (画像⇒F上野の本覚院の灯篭)

G 目黒の海福寺 竿部のみS090107kaiunji
  ・海福寺は、明治に深川から移転してきた黄檗宗の寺。
  この寺の山門下の永代橋沈溺横死者供養塔の垣根替わりに、なぜか無刻のキリシタン灯篭竿部が墓標のように立っていた。
  

    (画像⇒G目黒の海福寺の灯篭)

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