« Y13 弥生のお鍋と上手なご飯の炊き方 | トップページ | F-3 「おちゃわん」考 »

2008年3月23日 (日)

I-12 国史跡・下総小金中野牧跡の今後に注目

080322_028s  昨日(2008.3.22)、鎌ヶ谷市での下総小金中野牧跡国史跡指定記念のシンポジウムと現地見学会のお知らせをいただいたので、八千代市郷土歴史研究会のメンバーと誘い合わせて参加してきました。
 天候にも恵まれ、午前中の現地見学会は90名近くの参加があり、フキノトウやヒガン桜も咲いている中野牧「捕込」跡を歩き、その遺跡の持つ歴史や植物観察の見方を解説していただきました。

 下総小金中野牧跡は、江戸幕府が軍馬供給をまかなうため慶長年間に設置した小金牧の一つの中野牧の遺跡です。
 080322_061s原野に放し飼いされた野馬を捕獲選別する施設である「捕込」(とっこめ)や、野馬が牧外に逃走するのを防ぐための「野馬土手」(のまどて)が、昨年、牧跡として全国でも初めて国指定史跡になりました。 詳しくは⇒Wikipedia -小金牧

 中野牧捕込跡は、高い土手で区切られた3つの区画からなり、その残された姿は一見、中世城郭跡に似ていました。

 午後からはその国指定一周年を記念して、『野馬のいた風景~地域に愛される史跡を目指して~』と題したシンポジウムが開かれました。

080322_088s  このシンポジウムを通して感じたことは、遺跡の保存と活用を考える上で、この中野牧跡の国史跡への過程に学ぶことが多いということです。
 まず第一に、都市計画道路の用地であったこの遺跡の文化的・歴史的価値を所有者の方々が理解し、道路計画を変更させ、1967年千葉県の文化財に指定、そして、開発ラッシュの時代をくぐりぬけ、ようやく保護の対象となった経過です。
 第二に、こうした現地説明会や展示会、シンポジウムを重ねて、積極的に遺跡の持つ価値や活用法をともに考え、文字通り「地域に愛される史跡を目指して」鎌ヶ谷市の職員と市民ボランティアが積極的に活動している姿です。

 八千代市にも下野牧の野馬土手があちこちにあったのですが、今は大和田新田と船橋市の境に低い土手がかろうじて残っているだけです。
 鎌ヶ谷市には初富小学校前に桜並木の土手が残っていて、こちらも捕込と一緒に国指定史跡になりましたが、住宅街と畑の混在する台地のあちこちにじゃまな?土手がなぜあるのか、住民にとってこの不思議な風景が、こうした活動を通じ、その謎が解き明かされ、残された貴重な自然と文化遺産に愛着を持つ存在となりつつある、そんな予感を感じました。

080322_037s 遺跡が保護されたからといって、ただのやぶ山の状態で放置することは、治安や生活環境の問題がおこりますし、第一にもったいない。残された捕込の跡を、「薬草の丘や、ポニー牧場 にしたら」という提案もシンポジウムでされましたが、遺跡の活用は自治体と 住民にとって大きな宿題でもあると思います。
 佐倉市の井野長割遺跡や柏市の松ヶ崎城跡、そしてさいたま市の馬場小室山遺跡。
 遺跡の活用という宿題は、みんなで考えることに意味があると思いませんか。

|

« Y13 弥生のお鍋と上手なご飯の炊き方 | トップページ | F-3 「おちゃわん」考 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: I-12 国史跡・下総小金中野牧跡の今後に注目:

« Y13 弥生のお鍋と上手なご飯の炊き方 | トップページ | F-3 「おちゃわん」考 »