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2005年5月23日 (月)

I-1 考古学協会での「徳川大坂城東六甲採石丁場遺跡」の発表を聴いて

昨日、今日と2日間、考古学協会総会の公開講演会と研究発表会の数多い興味深い講演をたっぷりと聴講してきました。お目当ては、もちろん阿部芳郎氏の「『環状盛土遺構』の形成と遺跡群の成り立ち―千葉県印旛沼周辺の遺跡群の研究事例から―」。また香取の海を巡る中世律宗の関連で、楽しみにしていた千葉隆司氏の「古墳につくられた中世墓-霞ヶ浦沿岸の中世仏教と石塔文化-」というも満足でした。

 
でも、全く未知のテーマを予期せぬ出会いでお聴きして、感動を覚えるという意外なこともあるのですね。それは、次の2本。
森岡秀人・坂田典彦 「城郭研究の一視点-徳川大坂城東六甲採石丁場の発掘調査から-」    竹村忠洋・白谷朋世 「徳川大坂城毛利家石切丁場の発掘調査と採石技術について」
危機に瀕している遺跡の保存と市民活動ということで、考古学協会埋文委より、2004年9月21日「馬場小室山遺跡保存に関する要望書」に半年先立つ4月に「芦屋市八十塚古墳群及び徳川大坂城東六甲採石場等の調査・保存に関する要望書」が文化庁その他に出されていることを、昨年考古学協会のHPから知りました。東六甲採石場の保存を求める市民の会があることもネット検索で知り、私が掲示板でHN.遺跡大好きネコさんとも出会うことができたHPもあります。

今日の2本の発表は、その行政側の調査を市民運動の中で実現し、困難な中で発掘調査をされている芦屋市教育委員会の方の貴重な成果の講演でした。(内容は、長くなりますのでごめんなさい)
050522 感動的だったのは、考古学協会の理事もお勤めの鈴木重治先生が、質問に立ち、現状と遺跡保存の見通しをお聞きになり、また市民と行政の調査担当者の努力を評価され、あらためて遺跡の危機的状況を印象付けられたことでした。

企業による開発の前に、芦屋市当局は無力でした。これは馬場小室山遺跡をめぐるさいたま市と同じですが、その状況の中でも、現地説明会や大阪歴史学会でのパネルディスカッション、そして全国の考古学研究者の集まる考古学協会でりっぱな発表をされた担当者に拍手を送りたいと思います。(画像はそのスライドの一枚です)

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コメント

>徳川大坂城東六甲採石丁場遺跡
聞きましたか。自分も迷ったんですが,聞きたいものと重複し縄文の方におりました。利根川も拝見しました。遺跡保存問題に関する評価は,48頁「編集後記」にうまいことかかれていますね(地域協働・キーパーソンなど)。その通りだと思います。

投稿: とら | 2005年5月23日 (月) 19:54

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